さて、ブラジルより、
今年も素晴らしいレムリアンクリスタルたちが届きはじめてます。
今回も、本当に美しいものばかり。
一本一本表情が違い、どれも見飽きることがありません。
レムリアンクリスタルには、さまざまな言い伝えがあります。
ニューエイジ思想では、「レムリア」は愛や調和に満ちた文明、あるいは高次の意識や次元を象徴する存在として語られています。
レムリアンシードには、その文明の記憶が刻まれているともいわれ、
バーコードのような成長線に指を沿わせながら瞑想する方も少なくありません。
そうした世界観も、私はとても美しい物語だと思っています。
でも正直に言うと、それ以上に私が惹かれているのは、結晶そのものの美しさです。
私は当初、ヒマラヤ水晶を主に扱っていたので、初めてレムリアンを見たとき、
「なんて、水晶らしい水晶なんだろう!!!!」
そう思いました。
水晶といえば、誰もが思い浮かべるイメージ。
それをそのまま形にすると、
まさにレムリアンが原初の水晶なのでは。
そんなふうに感じたんですね。
透明感。
一本の柱のようにまっすぐ伸びるフォルム。
光を受けたときの静かな輝き。
バーコードのように刻まれた成長線。
余計なものを含まない、澄みきった結晶。
まるで「水晶」という存在を、そのまま形にしたような佇まいです。
「レムリアンシード」という名前も、とてもよく表していて、
レムリアンによく似合う名前だと思っています。
一粒の種から植物が育つように、一本の結晶の中に、
長い長い時間と叡智、そして物語が閉じ込められているように感じるからです。
そして何より惹かれるのは、これらが何億年という地球の時間を経て、今ここに存在していること。
ブラジルの大地には、およそ数億年前の地殻変動によって生まれた石英脈や晶洞(ジオード)が数多く存在しています。
世界の水晶産地の中では比較的新しい地質も多く、
地下深くを流れる珪酸を豊富に含んだ熱水が、長い年月をかけて静かに結晶を育ててきました。
その中でも、レムリアンクリスタルが育つ環境は限られています。
結晶が自由に成長できる十分な空間があり、
鉄分などの不純物が少ない環境だからこそ、高い透明感と美しい柱状のフォルムが生まれるのです。
レムリアンシードが最初に発見された際には、風化した砂岩や砂状の土壌の中から、まるで誰かが並べたかのように美しい単結晶が数多く見つかったといわれています。
その光景が、まるで失われた文明の遺跡のように見えたことから、「レムリアンシード」という神秘的な名前が広まったとも伝えられています。
ヒマラヤ水晶が険しい山岳地帯の岩肌や母岩の割れ目から掘り出されることが多いのに対し、
ブラジルのレムリアンシードは、長い風化によって崩れた砂や粘土質の地層の中から、独立した単結晶として見つかることがあります。
もちろん、水晶が砂の中で育ったわけではありません。
もともとは地下深くの岩の亀裂や空洞で、珪酸を含む熱水からゆっくりと成長し、その後、周囲の母岩だけが長い時間をかけて風化していったのです。
そのため、まるで誰かが地中に埋めた種や、失われた遺跡の一部のように、美しい結晶だけが土の中から現れることがあります。
人の一生では想像もできないほどの時間を過ごしながら、それでもなお透明で、美しく、静かに光を宿している。
そんな姿に、私は毎回心を動かされます。
インドでの買い付けは、実際に現地へ足を運び、自分の目で見て選んでいます。
一方、ブラジルはコストを考えると現地での買い付けが現実的ではないため、
ブラジルのディーラーとビデオ通話をしながら、一つひとつかなりの時間をかけて選んでいます。
一度の仕入れでも何度かやり取りを重ね、透明感やフォルム、
成長線までじっくり見比べながら選定していくため、毎回、終わる頃には二人ともぐったりしてしまうほどです。
実は、そのディーラーの会社を築いてきた創業者の奥様も、現在闘病されています。
私自身も若年性アルツハイマーのパートナー・Brandonと暮らしていることもあり、
病気とともに生きる家族の大変さを、どこかお互いに理解し合えるような気がしています。
だからこそ、このクリスタルたちは、単なる仕入れの商品というより、人と人とのご縁をつなぎながら、ここまで受け継がれてきたもののように感じることがあります。
石を探す人、掘り出す人、選ぶ人、届ける人。
さまざまな人の時間とご縁をつなぎながら、遠いブラジルの大地から、ここまで受け継がれてきたもののように思うのです。
「わあ、なんて!」
そんなふうに、思わず見惚れてしまうものだけをご紹介したい。
その一本だけが持つ佇まい
そんなところを見ながら選んでいます

